渡り鳥になりたい

最初からミニマリストな理系大学院生(博士課程)の日常

お盆や正月でも帰省しない学生を質問攻めにするのは辞めてくれ

今日は珍しく一日中家にいて、部屋の掃除などをしてた秋です。

隣の人の電話の相手の話し声すら聞こえるようなボロアパートに住んでるんですけど、特に物音もなく、静かな1日でした(外のセミがうるさいけど…)。 

「あ、そっか、夏休みだからみんな帰省とかしてるんかな」と思い、せっかくなんで廊下や階段の共有部も掃除しといた秋って優しいと思います。

さて、今回は "帰省" をキーワードに「私の家族観」をお話ししたいと思います。どうぞお付き合いくださいませ。

 

 

私が帰省したのは一度だけであり、これからもしないだろう

私は大学生になると同時に一人暮らしを始めて、まぁそれなりの年数になります。

その間に両親と実際に顔を合わせたのは一度だけです。えっと、大学2年の時の夏休みでしたっけ。どうしても必要なものがあり、郵送では問題になるかもしれなかったので、しぶしぶ帰りました。

私が今住んでいるのは東北で、実家は首都圏にあるので、特段「移動が困難」というわけではありません。年に数回ほど東京に行く予定があり、かつて同級生だった友人とも遊んではいます。

その気になれば、両親とも会えるんでしょうけど、「会ってもしょうがないよな」と思い、特に連絡もしません。

 

というより、普段から「よっぽどのこと」がないと電話やメールもお互いしない関係です。

必要な書類があるから送って、とか、コレにサインしといて、とか。

それも大学院になってからは独立生計に変えたし、親がなってた保証人の欄も全部変えたから(なんでこうもたくさんの保証人欄があるのか疑問だよ…)、もう一年以上もお互いがどうしているかは知りません。

 

その間に私は引っ越してるし、向こうも引っ越してるかもしれませんけど、まぁどうでもいいです。

電話番号くらいは変えずに残してるので、何かあれば連絡はつくのでしょう。

 

向こうの本心はどうか知りませんけど、この距離感が私には心地良いです。

なんでしょうね。一緒に暮らして時は普通に良くしてもらってましたし、私は両親に感謝もしてるし尊敬もしてるけど(これは私の今までの記事の端々から読み取れるかな)、私は両親が嫌いであり、苦手です。

今まで生きてきて「これ以上関わりたくない」と思えた人の数少ない例です。

 

極力関わりたくない、だから私はこれまでもこれからも、積極的に帰省することはないのでしょう。

 

「なんで帰らないの?」とよく聞かれるけど「楽しくないから」じゃ答えにならないのかな?

お盆前や年末年始、決まって「帰省するの?」という話題が飛び交います。

まぁ、それ自体は単なる時事話題であり、「次の日曜は何すんの?」や「やっと梅雨が明けたね」などと同レベルの話でしょう。

そこで私が「帰省しないよ」と言うと「なんでなんで?」と食らいついてくる現象はなんなのでしょうか。

「次の休み出かけるの?」と聞かれて「いや、家にいようかな」と答えても、「梅雨明けで洗濯日和だね」と振ってきて「うーん、今日は出掛けたい気分かな」と返しても、そんなに追求しませんよね。

 

ここで「いやーお金なくって」や「ちょうど特別講義があるんよ」などと答えると話は沈静化するのに(あるいは解決策を提示してくる人もいるけど…)、「なんでって、帰っても楽しくないから」と答えると余計ギャーギャー言われるのなんなのでしょう。

確かに帰省する人の方が多数派かもしれませんが、帰省したくない人もいたって良いじゃないですか。

「実家に帰るの楽しみでしょうがない人」は「どうしても都合が付かずに帰れない…」と嘆くことはあっても「え、帰りたくないんですけど」と言う私の気持ちは分からないのでしょう。

別にさ、共感しろと求めてるわけではないですから。親切心からかは知りませんが、安い夜行バスを調べて私に押し付けたり、親のありがたみを説教してきたりするの、辞めてくれませんか。

 

同級生はまぁまだ良いです。若い人って他人に対する興味心が薄いのもあるかもしれませんし、「多様性って大事だよね」との教育がやっと効果を出始めたのかもしれませんけど、「ま、そういう人もいるのか、へぇー」と最後は流してくれる人が多いです。

でも、ある程度年のいった人、特に「おばちゃん」と呼ばれる世代の女性の方は経験上しつこいです。

 

前にパートのおばちゃんの多い飲食店でバイトしてた時期がありました。

業務の割には時給が高いし、職員の方々も親切だしで結構気に入ってたバイト先です。休日のバイトだと必ず休み時間が挟まり、休憩室でお菓子をつまみながら世間話とかするわけですよ。

で、「学校の休みっていつから?」「実家に帰るのは何日?」という話になります。「この週は旅行にいくので休みください、実家には帰りませんので、お盆も出れますよ」と言うと、不思議そうな顔をしていました。

「ダメだよ、帰んなきゃ親不孝でしょ」「親も楽しみにしてるから、3日くらいはのんびりしてきなよ」と言われる次第です。

え、こないだ「お盆はなるべく出てください」って通知出してませんでしたっけ。

楽しみかどうか勝手に決めつけないでもらえませんか。というより親の顔を見るより旅してる方が断然楽しいんですけど。 

 

さらにたちが悪いのが、こっちは私1人に対して向こうは複数人なんですよね。

 「ありえないよね」「ホントホント」「ねぇー」って私抜きに盛り上がらないでくださいよ。

おばちゃんず、こわっ。

帰省の話でこんなん言われるんだったら「結婚願望ない話」とか「子供は絶対作りたくない話」とか言ったらどう盛り上がるんだろ?と興味がわきましたが、めんどくさいのでのみこみました。

 

おばちゃんずがきゃっきゃ盛り上がってて、落ち着いたと思ったら「そうとうな事情があったのね」「本当かわいそう」「なんでも相談してね」と言われる始末です。

は、はい?なんか結論間違ってますよ。お、おーい。話聞いてくださいよ。

 

親切にしてくれた大家さんは私を「かわいそう」と思ったかららしい

先ほどのエピソード、そういえば何回か同じようなことになってましたっけ。

一番最初に「ポカーン」としたのはシェアハウスの大家さん(こちらもおばちゃん)との関係でした。

 

私は大学一年の時だけ、シェアハウスに住んでたんですよね。一階が大家さんの住居で、二階がそれぞれの個室と共同スペースです。

 

 

夏休みに私以外の全員が帰って、私だけが残ってシーンとしてましたっけ(今と一緒だな)。

その時に大家さんが、「はい、これ作りすぎちゃって」とか「お菓子もらったんだけど食べる?」とか何度も訪ねてきてました。普段から距離感が近く、おすそ分け文化があったアパートですから、私も特に疑問もなくありがたくいただいてました。でもそういえば、頻度高かったですかね。

 

夏休みが明けて、みんな集まって地元の話で盛り上がってる時に、大家さんが来て「秋の前でそういう話は辞めなよ、かわいそうでしょ」と急に言うものです。

私もポカーン、みんなもポカーン、変な空気になり集まりはお開きになりました。

 

その後も意識して観察してると、大家さんは私に特段と親切にしているようです。いや、みんなに優しいんですけど、より私に多くのものをくれたり、やたらと世間話をしたかったり。で、私も大家さんの真意がよく分からずに、適当に話を合わせていました。

 

あっと言う間に一年が過ぎ、アパートの退去日も私が一番ギリギリで、最後に大家さんと語る時間があったのです。

「親に可愛がられなかったのでしょ、本当かわいそうに。」と大家さんが言うものですから、やっと謎が解けたわけです。

いや、そんなことはないですよ?

「実の両親ではないんでしょ?」いや、もろ私に似てますから。

「一度も遊びに来なかったわよ」来ないよわざわざ。

「なんか虐待されてたんじゃないの?」どうしてそこまで話が飛躍するのでしょう…

「仕送りもないんでしょ」無くても普通に生活できますからね。

 

誤解を解いて別れたかったところですけど、大家さんは思い込みの激しい人で、結局「あぁ、どうにか親のことを良く言おうとしてるのね」と結論づけたらしく、「ますます秋って不憫な子」と言い始める次第です。

実家の電話番号も教えてないし、親の名前や勤務先も行ってないから、変にトラブルを起こせないことを確認して、私のシェアハウス生活は幕を閉じました。

 

すっごく楽しい一年間でした。メンバーも良く、大家さんも優しい、でもその優しさに勘違いが含んでたんだ、と分かると少し切なくなりました。

 

バイト先のおばちゃんずを「めんどくさいなぁ」と感じた時から、私は帰省の話題になっても「どうしても都合付かずに帰れないんだ」と話すようにしました。

「それは寂しいよね」とたいてい続くので、「そうなんです、寂しいんです」と話を合わせます。

この偽りの会話の方に寂しさを感じるんですけどね。

 

「家族だから特別」という考えに馴染めない

家族ってそんなに特別なのでしょうか。血が繋がってるからってだからなんなのでしょうか。

ここでのエピソードに限らず、私はいろんな場面で「家族は特別」との価値観にぶつかって、もやもやした気持ちになっていました。

 

今でこそ、最初のセクションに書いたように「私は両親が嫌いであり、苦手である」と言えるようになりましたけど、ここに至るまでも苦しかったです。

別にね、特別な理由なんてないんですよ。大家さんが勘違いしたような理由は何もないんです。あえてあげるとすればいくつか心当たりもありますけど、別にみんな普通なことだと思います。

両親には良く育ててもいました。なのに私は一緒にいたくなくて、大学選びも「家から通えない範囲」を希望条件に考えるくらい、ずっとずっと縁を切りたかったです。

そう思う自分が許せなくって、でも苦手なものは苦手で、どうしようもなくて。

大学一年の時、「両親からの電話をきっかけに過呼吸を起こして倒れた」ことをきっかけに、開き直りました。

「極力関わらないようにしよう」と徐々に関係の糸を切ってって、最低限のメールも私の感情は入れずにビジネスライクに書くようにして、結果的に今の心地よい関係にたどり着きました。

 

「親は大事にしなあかんよ」と言われる気持ちも分かりますし、私も感謝はしているんです。

でも、じゃ具体的にどうすればいいのでしょうかね。

働き始めて金銭的に余裕があれば、贈り物をしたいなとは思いますけど、会いたくはないですし、電話やメールも怖いです。

 

この「怖い」の感情をもっと掘り下げて分析すれば、何か分かるかもしれませんけど、今の私にそういうことをする余裕はないです。

まぁ、気が向いたら考えてみましょうかね。

 

あとがき

私がこの記事を書いた理由はタイトルに集約されています。

いろんな人がいます。たくさんの価値観があります。多様な価値観を認めて欲しいですし、「自分の価値観と違うから矯正させよう」などと思うの自分勝手でしょう。

分かりやすいかな、と思って帰省の例を出してみましたので、皆さんにこの想いが伝われば嬉しく思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。